「原生代後期における酸素増大とミトコンドリア変則遺伝暗号の進化」
地球大気中の酸素は、酸素発生型光合成の進化により、22-24億年前の大酸化イベント(GOE)で初めて大量にもたらされ、その後、「カンブリア爆発」の前(7-5.4億年前)にさらに増大し、古生代(約3億年前)に現在より高い濃度を経験した後に、現在のレベルに達したと考えられている。酸素増大は、地球史上最大の環境変動イベントであり、酸素呼吸の進化、酸素防御機構の進化、生体必須金属の環境中の濃度変化など、生命に多大な影響を及ぼした。そのような影響の一つとして、つまり酸素増大が原因となって、動物のミトコンドリアDNAにおいて普遍暗号から逸脱した変則遺伝暗号が進化した、という仮説を紹介する。動物のミトコンドリアゲノムは独自のリボソームRNA(rRNA)と転移RNA(tRNA)をコードしており、核ゲノムとは異なる翻訳システムをもつ。そこではUGAがトリプトファン(Trp)、 UAAがチロシン(Tyr)、AUAがメチオニン(Met)をコードするなど、普遍暗号とは異なる遺伝コードが用いられていることが知られ、それらは普遍暗号から逸脱する形で進化したと考えられている。従来その進化は、ミトコンドリアゲノムのGC含量の変化に呼応して、中立的に進化したと解釈されてきた(Osawa, 1995など)。一方、Granold et al. (2017)は、量子化学計算と生化学実験からTry、Tyr、Metなどのアミノ酸が他のアミノ酸に比べ酸素との反応性が高いことを示し、これらのアミノ酸の遺伝コードは、細胞内の酸素ストレスを軽減するために、他の遺伝コードよりも後に適応的に進化したと解釈した。動物ミトコンドリアゲノムの変則遺伝暗号については、まだ得られている知見が断片的である。今後、次世代シーケンサーとタンデム質量分析計を用いたトランスクリプトーム解析とプロテオーム解析により、異なる酸素ストレス下に生息する数多くの動物分類群のミトコンドリア変則遺伝暗号を比較することにより、上記の仮説を検証する必要がある。