2019年度 第二回GBSセミナー(5/20実施)

講演者:川幡 穂高     教授 (大気海洋研究所)
日時:5月20日(月)17:30~
場所:理学部1号館710号室


演題:ホモ・サピエンスの発展,社会の崩壊に影響を与えた環境・気候変動
―特に,完新世中期/後期境界のヒト,社会,生業に現れたイベント―


近年の古気候・環境の高時間解像度+精度での復元レベルは,考古資料・文献史料から描き出せる歴史の精度に追いついたことを意味する. 人間のゲノム・人骨形態解析も急速進展し,日本人やアジア人の特徴が明らかになりつつある.これらと古気候・環境学との共同研究により,Homo sapiensが,どのような気候・環境を体験し,現代日本人や日本社会を形成したのか,評価できる.対象とする時間範囲は,Homo sapiensのアフリカ誕生から日本社会の江戸時代までとして,境復の中から温度を定量的に復元してきた.1)旧石器時代(約60-16ka, アフリカ出発から日本に到着して全国に居住区を拡大).2)新旧石器時代(約16-3ka,いわゆる平和でのどかな縄文時代),3)初期農耕時代(約3,000〜6世紀まで,水稲栽培と国家形成まで,いわゆる弥生時代から古墳時代),4)歴史時代(6世紀以降,文字記載のある時代).ホモ・サピエンスの誕生から日本人の成立,日本社会の発展に関連した環境・気候復元で発表した私達の20余論文からのデータの示すところは,「環境変動はシステムの最も脆弱な所に効果的に影響を与える」ということである.今回は,この中から特に,4.2kaイベントについて取り上げる.

Homo sapiens を対象に,近年,ミトコンドリアDNA,Y染色体DNA,核DNAの分析・解析法が急速に進展している.2018年7月に国際年代層序表の完新世が正式に3期間に分類され,前期/中期境界(8.2 cal. kyr BP),中期/後期境界(4.25 cal. kyr BP)が認定された.特に,後者の境界は,人類社会に大きな影響を与えたイベントとされ選ばれたが,その背後にあるプロセスについては現時点で不明である.

中期/後期境界は日本では縄文時代に対応し,青森県周辺における環境指標(アルケノン水温,有孔虫の酸素同位体比,花粉・快慶中の群集組成など)を再精査した結果,4.2kaに気温が2.0℃下がり,クリ林も劣化し,食糧生産密度が下がったため三内丸山遺跡の集落が崩壊したことが明らかとなった(Kawahata et al., 2009, Quaternary Science Reviews 28: 964-974+revised version submitted).この時期,縄文人の遺跡数は関東などでは顕著に減少したが,北東北では必ずしも減少せず,住居の床面積は逆に増加し,人口は減っていないとの見解もある(関根,2014, Daiyonki-Kenkyu 53: 193-203; Crema et al., 2016, PLoS ONE 11: e0154809. doi:10.1371/journal.pone.0154809).日本人の現代人のミトコンドリアDNAより過去の相対人口が推定されている(Peng and Zhang, 2011, PLoS ONE 6(6): e21509. doi:10.1371/journal.pone.0021509).日本人の過半数を占める弥生・渡来系を代表とするハプログループD4は4ka付近に極小を示す.水稲栽培は河姆渡遺跡周辺で開始され,長江中下流で発展したが,4ka付近に過去数千年間で最大規模の寒冷イベントが起こり(Kajita et al., 2018, Quaternary Science Reviews, 201, 418-428),これにより人口が減ったと解釈した.一方, 縄文人起源のハプログループであるとされるN9b, M7aについては,この境界に極小をもたないので人口の顕著な減少はなかったと判断した.日本と中国東部の異なった環境が,日本人を構成する主要2タイプのミトコンドリアDNAから計算された異なる相対人口プロファイルに対応していると結論した.この特徴は,「現代人のミトコンドリアDNAに過去の気候の激変が記録されている」ことを示唆している.